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ワンウェルフェア シンポジウム開催のご報告(後編)

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photo by 半沢 健

2024年3月3日に開催した「ワンウェルフェア シンポジウム」(主催:一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル、共催:日本獣医生命科学大学、後援:公益社団法人日本動物福祉協会)。前編では「生態系保全の現場から」、「身近な動物問題の現場から」、「動物虐待の現場から」をテーマに専門家による報告を紹介しました。

後編ではオンラインで参加くださった2名の獣医師からの報告と、参加いただいた皆さんからの質問にも答えてくださったパネルディスカッションの様子もお届けします。

 

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【齊藤慶輔先生】

人と動物が共生するため環境治療

北海道釧路市にある猛禽類医学研究所代表の齊藤慶輔先生からは、「絶滅の危機に瀕した猛禽類との共生を目指して」と題して報告をいただきました。

 

猛禽類医学研究所は野生生物を専門にしており、絶滅危惧種である希少猛禽類のシマフクロウ、オオワシ、オジロワシなどを対象にしています。希少種の保全には増やす努力と減らさない努力が両輪となっており、特に減らさない努力という観点でワイルドライフウェルフェアを実践しています。運び込まれた全ての動物の死亡、怪我の原因を追求していると、交通事故、感電、風車との衝突、鉛中毒など人間が関与したものが多いため、傷ついた動物を治療するだけでは不完全であると考え、人間との軋轢による影響をデータ収集し、環境を治す「環境治療」がワイルドライフウェルフェアの柱となっています。

 

北海道は非常に広いので、治療しながら拠点に連れて帰ることができるドクターカーを活用し、車中ではインファントインキュベーター(保育器)を使うなどして命を繋いでいます。また、猛禽類医学研究所では高病原性鳥インフルエンザに罹患したオジロワシ生体13羽のうち9羽の治療に成功しています。また特に希少種については個体の救護だけでなく、種の保存にも関わるため、治療し野生復帰を目指しています。大型のフライイングケージで飛行訓練を行い、野生に返しており、野生復帰率は30%強と世界的には高いレベルです。

 

一方で、野生に帰れない猛禽類を60羽以上保護しています。生きた魚を獲らせるなどの工夫、環境エンリッチメントにも注力するなどQOLの向上にも取り組んでいますが、その分の餌代、飼育管理費用などの予算がかかります。一方で、保護をした猛禽類が輸血のドナーになって、瀕死の鳥たちの命を救うことにも貢献しています。

また、彼らの活躍として、下記のような開発にも協力してくれています。

 

・感電事故防止

電柱の上に止まり感電死してしまう鳥たちは少なくありません。そこで野生に帰れない鳥たちのケージの中に送電設備と同じものを設置し、事故を防ぐためのバードチェッカーを開発しています。効果があったものを電力会社が北海道内で2,500ヶ所設置してくれており、鳥たちは危険な場所を避けて止まるようになっています。

・風車との衝突防止

温暖化防止の取り組みとして風力発電が進む裏側で、たくさんの希少種が風車に当たって大怪我をしたり、命を落としています。風車の先端は時速300キロ、大変危険です。電気を使っている私たち人間は「だから風車はダメ」ではなく、野生動物に優しい風力発電を開発するために、野生復帰できない鳥たちと共に取り組んでいます。

 

最近では、人間の歯医者さんたちに協力いただき、交通事故で嘴を失ったオジロワシへの治療も行い、義嘴を使って自ら餌を食べられるようになりました。

野生動物は、自然環境、生態系の姿を私たちに伝えてくれています。人間ファーストでも、動物ファーストでもなく、人と野生動物が共生できるために、皆さんも身近なところで環境治療に取り組んで欲しいと訴えました。

 

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【長嶺隆先生】

住民、野生生物、猫のウェルフェアを向上させるために

沖縄県で活動しているNPO法人どうぶつたちの病院 沖縄理事長である長嶺隆先生からは、 「西表島における猫の適正飼養とワンウェルフェア」についてお話いただきました。

 

沖縄にいる希少種の救護、保護増殖にも取り組んでいる立場から、今回はワンウェルフェ アを実践している沖縄県の南にある西表島における猫の適正飼養対策を紹介します。 1996年以降、長崎県対馬でイエネコからツシマヤマネコへのエイズウィルスの感染が3頭確認されました。日本にはツシマヤマネコとイリオモテヤマネコの2種類のヤマネコが生息しています。当時、九州地区の獣医師会連合会で対策を検討し、飼い猫、野良猫の管理を行うこと、具体的には不妊手術と感染症対策のためのワクチン接種を行うことが決まりました。沖縄の獣医師会は対馬の事例を教訓にイリオモテヤマネコへの猫エイズなどの感染症の伝播を未然に防ぐことを目的に活動を展開していきました。

当時の西表島では、多頭飼育崩壊の発生、ゴミ捨て場で繁殖、交通事故、感染症は蔓延し、増えた猫は遺棄され、まさに島中に猫があふれかえる『猫の島』の状態でした。

人のウェルフェアの観点で考えると、猫に関する多くの苦情が役場に寄せられ、共通感染症であるトキソプラズマも懸念されていました。また集落やゴミ捨て場近くにもヤマネコが生息していますので、ヤマネコの感染症リスクが非常に高いことも大きな問題でした。

そこで地域住民と行政が協力して、2000年に竹富町猫飼養条例が制定されました。25年前、西表島には動物病院が無く、飼い猫へのワクチン接種、不妊去勢手術が行われていませんでした。そこで九州地区獣医師会連合会が竹富町と協力して、西表島に動物病院を設置し、不妊手術、予防接種、マイクロチップ装着を呼びかける活動をはじめました。

2008年の条例改正では、飼い猫へのワクチンを義務づけることで、ヤマネコも、飼い猫も守ることを目指しました。また、環境省と沖縄県獣医師、我々のNPOが協働し、飼い主のいない猫を約500頭保護し、沖縄本島のシェルターに移送し、譲渡されました。その結果、西表島では、ノラネコはゼロになりました。

 

島の現状ですが、猫の飼養登録、不妊去勢手術、マイクロチップ、ワクチン接種は、ほぼ 100%完了しています。5頭以上飼育しているご家庭も無くなったので、多頭飼育崩壊の心配も無く、交通事故もほとんどありません。室内飼育は、まだ60%ですので、100%を目指しています。

ゴミ捨て場から猫の集団がいなくなったことで、民家にノラネコが入ってくることも少なくなり、人のウェルフェアも向上しています。

野生生物への被害も減り、猫からヤマネコへの感染症の被害もありません。

 

西表島での20年間の取り組みの成果として、住民、野生生物、猫のウェルフェアを向上さ せ、人にとっても、猫にとっても、ヤマネコとっても良い状況を作り出せたと思います。

一方で、沖縄にはまだまだ動物医療が必要な離島がたくさんありますから、動物のワンウェルフェア向上のために、ドクターカーをフェリーで運び動物医療を届ける活動も行なっています。

最後に、豚のトキソプラズマが毎月のように発生しているのは国内では沖縄県だけです。これはいかに発生源である野良猫が多いのかを物語っています。家畜のためにも、人に疾患を起こさないためにも猫の適正飼養が重要です。

 

「ワンヘルスとワンウェルフェアを達成するために、動物に医療を提供し、健康をサポー トしながら適正管理を進めることで動物福祉、公衆衛生の維持向上、生態系の保全に取り 組むことが必要です」と力強く締めくくっていただきました。

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【ディスカッション】

最後に、現場からの報告を行ってくださった 5 名の獣医師の皆さんとディスカッションを 行いました。

 

他の現場からの報告を聞いた感想

羽山先生 野生動物の専門技術者が日本の行政にはほとんどいないと紹介しましたが、普通の先進諸国には配置されているんです、日本は特殊な国と言えます。一方で、銘苅先生のセンターの職員数を聞いて衝撃でした。動愛法に関わる担当職員数は、鳥獣保護法と同じくらい全国で3,000〜4,000ポストあります。身近な動物に関しても動物の専門家として、ウェルフェアを支える専門家が配置されていないことが課題だと痛感しました。

 

銘苅先生 行政では人数が少ないことに加えて、3年で移動するから人が育たないんです。職員にとっては蓄積にならず、残念ながら県民のためにもならない仕組みです。ただ3年以上現場にいるのはきつい仕事であることも事実です。環境省のフォローや他県との横の繋がりが重要になってくるのではないかと思います。まずは、どうにか関わる人を増やすことですね。

 

齊藤先生 感想としては、皆さん大変ご苦労しておられるなということを感じました。北海道でもペットで飼われていたアライグマが離され、シマフクロウの脅威になりつつあります。都市部で飼いきれなくなった人が放した。捕獲された動物を殺処分は可哀想だと郊外の人に譲渡したけれど、また飼いきれず放したら、そこには希少種がいた。ペットを放した後に起こる問題は人間側の責任です。イメージすることが重要ですね。

 

長嶺先生 大変勉強になりました。羽山先生の報告を聞いて、今のうちに私たちが責任を持って対応しておかないと次の世代に大きな問題を残すことになることを危惧します。大変難しい選択をしなければいけない場面もあるけれど、急がずにきちんと整理をして確実に、正しい方向性で進まないといけません。ワンヘルス、ワンウェルフェアはそれを考える上で非常に便利な概念だと思います。

 

田中先生 私は伴侶動物、飼育下の動物の福祉を専門にしていますが、野生動物の福祉も全て繋がっているということを他の先生のご発表を聞いて改めて痛感しました。特にアライグマなど野生動物のペット利用については福祉という観点からも考えなければいけない課題だと思います。

 

会場の皆様からの質問

・羽山先生への質問 森を生き返らせるために必要なことはなんでしょうか?

私が関わっている神奈川県丹沢では、草原のようになってしまった山林は水源地としても役に立たなくなってしまいました。神奈川県民900万人のうち700万人分の水道水は丹沢から生まれていたんです。そこで水源環境税を20年前に創設し、4万ヘクタールある森林の手入れに資金を投入しています。放置したままでは森は復元しないので、徹底した管理、植生を復元しています。

 

・銘苅先生への質問 動物福祉が担保されていないフクロウカフェをどうして行政は動物取扱業として登録を認めるのか?

法律を超えた過度な制限を行政はできないからです。専門家としては、フクロウを繋いで飼うのは不適切だと思いますが、営業許可を求める人に法律に書かれていないことを求めるのは現実には難しいことなので、許可が出されているのではないでしょうか。行政の職員も気になるところは許可を出した後も見回りをするなどしていると思いますが。もし気になる管理をしている業者があれば、行政に伝えることも有効かもしれません。

 

・齊藤先生への質問 一般人でも環境治療に貢献することはできますか?

毎日のように運ばれてくる傷ついた動物たちを見ていると、その原因の多くは人間であることがわかります。何が起こっているのか、その実態を知らない人がまだまだ多いと思います。皆さんも私と同じ立場で動物と向き合っていたら同じことをしたと思うので、まだ実態を知らない人に、ネットなどでシェアして一般常識化することをお願いします。

また、正しい知識を広めることで次に進めると思うので、正しい情報の拡散にご協力願えればと思います。

 

・長嶺先生への質問 SNSで先生たちを犯罪者のように晒して誹謗中傷を繰り返す投稿を目にするのですが、愛護団体側と話し合う機会はなかったのでしょうか?また、環境保全側の意見より、悪意のある誹謗中傷ばかり見かけます。情報発信はしないのでしょうか?

今回のシンポジウム開催にあたっても様々な意見が寄せられたようで、皆様にもご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。

まず話し合う機会ということですが、SNSで意見を発信されている方々は、まだ誰も現地へ来たことが無いと思います。直接の質問もありません。

SNSの発信を見ていると正確な情報はほとんどありません。誰しもが発信しやすい時代だからこそ、現場で何が起こっているのかを知らずに間違った理解によって発信することは危険だと感じます。また意図的に間違った情報を拡散できる時代でもあります。愛護の気持ちも理解できますが、大きな感情のもつれが生まれてしまっていると思います。

私たちが環境団体として活動している中で、現在最も話題になっているのが南大東村についてでしょう。現場で起こっている問題は、まさにワンウェルフェアのバランスが崩壊してしまった結果だと考えています。質問いただいた通り、私たちの側からの発信が少ないとも見えるのかもしれませんが、私たちが行なっているのは民間団体としての取り組みではなく行政の事業です。ですから私たちの立場で発信することは簡単ではありません。

ネコの問題は地域の問題ですから、地域に寄り添っていかないと本当の姿は見えてきません。本土の方が関心を持ってくださるのはありがたいと思う反面、間違った情報に基づく発信によって地元の人も傷ついています。現実を共有できれば、私は愛護団体の人たちとも前に一緒に進めると思います。また批判を繰り返している人や動物愛護団体は一部で、協力的な一般市民や団体がたくさんいらっしゃることを付け加えさせていただきます。

 

 

ワンウェルフェアを広めるために必要なことは?

羽山先生 まだほとんど一般には知られていない概念なので、発信を続ける責任が専門家である私たちにあると思います。また、会場に来てくださったような関心のある方は様々なメディアで、その際はフェイク情報ではなく正しい情報を収集していただきたいです。その上で社会の仕組みにしていく必要があるので、正しい情報、ニーズを行政、議会に伝えていくことに繋げていただければと思います。

 

銘苅先生 ワンウェルフェアは新しい分野で、どんどん発展していく分野です。明日、明後日、来年、再来年にはどんどん新しい情報も出てくるので、その際は正しい情報か間違った情報かどうかを見極めて欲しい。また地域によっても関心に大きな差がありますので、その辺りを踏まえて活動、発信してもらいたいです。

 

齊藤先生 ウェルフェアについては、コンパニオンアニマル、産業動物について語られることが多いが、ワイルドライフ、自然界についても人間による影響、多大な悪影響を与えている現状があります。それぞれの動物たちの生活形態をリスペクトしてより良い関係を築くこと。もっと俯瞰的な視野が必要になるのではないでしょうか。

また、正しい情報をきちんと見分けるための目を養うことも重要になるので、間違った情報に振り回されないように、大学の皆さんには現場の意見を吸い取ってしっかり発信していただけるとありがたいです。

 

長嶺先生 ワンヘルス、ワンウェルフェアはバランスが崩れると誰かが苦しむことを意味しています。それぞれ違う立場ですが共感する気持ちを持って、例え食べられる家畜でもそこに想いを寄せながら、正しい情報をきちんと収集いただきたい。その上でもう一度立ち止まって、みんなで共感しながら次に進んでいくことが大切だと今日改めて思いました。

 

田中先生 本学では来年度、ワンウェルフェア講座を開設予定です。大学としてアカデミアとして教育にも体系的に取り入れて、新しい世代に概念をきちんと受け継がれるように、理解されるように取り組んで参ります。

 

予定時間を延長する形で、専門家の先生からの提案を多数いただき、以上をもってワンウェルフェアシンポジウムを閉会しました。

 

当日、会場にお越しくださった皆様にはアンケートにもご協力いただきました。

87%の方が期待に沿っていたという回答をいただくことができ、中には期待以上でしたというコメントも書き添えてくださった方も多く、この5名の獣医師の皆さんのお話を届けることができて良かったと感じております。

アニマルウェルフェアという科学的アプローチで動物問題に取り組んできた当財団ですが、今後はより一層ワンウェルフェアの観点で各プロジェクトを進めて参ります。