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ワンウェルフェア シンポジウム開催のご報告(前編)

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photo by 半沢 健

2024年3月3日(日)日本獣医生命科学大学で、一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブルが主催する「ワンウェルフェア シンポジウム」を開催しました(共催:日本獣医生命科学大学、後援:公益社団法人日本動物福祉協会)。ワンウェルフェアとは「アニマルウェルフェア」と「人の幸福」と「環境」はひとつで相互に繋がっているという概念です。当財団が掲げる「共に、生きる。」を実現するために、動物に関わる皆さんと共にワンウェルフェアについて学び、理解を深めることを目指し、様々な現場で動物と向き合っておられる専門家である5名の獣医師を登壇者に迎えました。それぞれの現場からの報告とデジスカッションの様子を前編、後編に分けてお伝えします。

 

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【羽山伸一先生】

人、家畜、野生動物、それぞれの健康を保つこと

冒頭は「生態系保全の現場から」をテーマに、生態系の保護活動に長年取り組んでおられる日本獣医生命科学大学教授の羽山伸一先生に報告いただきました。

 

ウェルフェアと生態系の関係にピンとこない方も多いと思いますが、昨年発生した高病原性鳥インフルエンザによって日本全国で鶏が1500万羽殺処分されたことに衝撃を受けた方もいらっしゃると思います。その数は採卵鶏の1割にも及び、特に鶏は感受性が高く致死率も高いこと、時としてブタや人にも伝染し感染爆発が起こってしまうこと、人にパンデミックが起こってしまうと大量死を引き起こす危険があるため、鳥インフルエンザの伝搬を防ぐことは、他の家畜、人を守るために必要なことであり、家禽に伝染した場合は殺処分することが法律で決まっています。

 

鳥インフルエンザが流行している地域は、アジアとヨーロッパが中心です。その理由は家禽の飼育密度が高いことです。地球上にいる300億羽の大半が非常に狭い場所で、自然界ではあり得ない密度で飼育されていることから、感染力が強い病原体が入ると、感染爆発を起こすのは当然の帰結だと言えます。いかに多くの動物の生活環境が自然界とかけ離れているのか、それによる影響を私たちは見せつけられてしまいました。同様に、人間も人口が集中する大都市圏で感染爆発が起こることは、新型コロナで経験済みです。

 

被害を受けるのは人や家畜だけではありません。鹿児島県出水には、アジアにのみ生息する絶滅危惧種のナベヅル、マナヅルの約80%が集まっています。かつては東京にもいましたが、次々と生息地が失われてしまいました。彼らの休息場所になっている水場には、野生のカモたちも寄ってきます。鳥インフルエンザウイルスを持つカモからツルに伝染し、昨年は1,500羽の大量死が起こってしまいました。

 

世界動物保健機関は2024年1月に、健康な動物は病原体を媒介したり、病気を蔓延させる危険性は低い。世界中で感染症が感染爆発をしているのは、皆が不健康になっているから、と発表しています。

WHOの定義では、健康とは単に疾病あるいは病弱ではないことを意味するのではなく、むしろ肉体的、精神的及び社会的にすべて良好な状態であることとなっています。

「我々は幸福感を持って生きなければ健康とはいえない。良好な状態、Well-Being、健康を実現するための手段がワンヘルス、その進化系ワンウェルフェアである」と分かりやすく解説くださいました。

 

社会の仕組みを作り、調整するのが人間の役割

後半は、生態系保全から見たワンウェルフェアとして2つの実例を紹介。

  • シカ問題

戦後、多くの材木が必要となり、杉やヒノキなど針葉樹を国土に植えた。その後、材木は輸入したほうが安価であることから森林の手入れを怠ってしまった結果、人工の森では動物は生息できなくなってしまった。

本来の生息地を奪われたシカの一部は標高の高いエリアへ行き、樹木の皮を食べて生き延びたが、鬱蒼とした森が禿山や草原に変わってしまった(林業へ被害を最も大きく与えている動物はシカ)このままでは日本全体が草原に変わってしまい、その結果他の野生動物の生態系を奪うことにもなってしまう。

また、生息地であった山の麓から裾野へ移動したシカたちは、農作物を食べてしまうようになった。結果、野生鳥獣の中で最も農作物に被害を出しているのがシカ。大きな問題になっている。

「原因を作ったのは人間なのだから、人間が責任を取るべき問題。自然に任せればいいという意見もあるが、人間が調整者にならなければいけない」と指摘。

 

  • 外来動物問題

そもそも生物は生息地に合うように進化して育っていたが、人間が他のエリアの野生動物や家畜種を人為的に持ち込んでしまったことで起こっている問題。

アライグマはアニメで人気になって、全国のペットショップで販売された。ただ野生動物をペットとして飼育することは難しく、日本中で多くのアライグマが捨てられてしまった。当時は、アライグマには元の飼い主がいるはずだと放置され、繁殖力が強かったため個体数が増えて問題を引き起こすように。農作物への被害も年々増えている。長年、手付かずでいたもの、2005年には法律で特定外来生物(159種類)に指定され、原則としてペット飼育が禁止され排除することが定められた。

日本だけの問題ではなく地球上で生態系に最も大きな影響を与えているのはイエネコ。アメリカの集計では、人為的原因による鳥類の推定死亡個体数で桁違いに多いのがネコ(ビルへの衝突、交通事故などの数倍)この問題を世界中でまだ解決できたエリアはない。一方で、放置という選択肢はないと考えるべき。

 

羽山先生は、区別することで対応するしかないとし、飼い主がいるネコにはマイクロチップを装着し登録する。保護収容されれば、元の飼い主に戻す。未登録の個体は飼い主がいないものとし、新たな飼い主を探す。この問題を解決するには、全てのネコにマイクロチップを義務化することから始めることを提案くださいました。

 

課題は行政獣医師不足

人も動物も生態系も大切にする社会を目指すには、ワンウェルフェアを社会実装していく必要がある。ワンヘルスについては2022年に全国初で福岡県が、翌年には徳島県でも条例化され、その後いくつかの自治体も検討している。健康、福祉、環境保全を行う行政の取り組みは広がっているので、市民も更に理解をして欲しい。

ただ一方で、日本の行政機関、特に市町村には野生動物関連の専門家がほとんど配備されていない現状がある。鳥獣行政担当職員、専門的職員のポストは約3,500あるが、現在その中で専門的な知識を持つ職員は100名程度しかいない。0名の都道府県も13県ある。このような状況で野生動物との共存、生態系保全を進めることは難しい。どのようにして行政機関に専門家を増やしていくのかを考えていかなければいけないと締め括られました。

 

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【銘苅朋子先生】

動物愛護センターの役割と実態を知る

続いて「身近な動物問題の現場から」というテーマで報告くださったのは、元沖縄県の職員として動物愛護管理行政に関わってこられた獣医師の銘苅朋子先生です。

 

まず、ご自身のこれまでの経験から、動物愛護センターと動物愛護ボランティアの関係について、過去に意見が合わなかった、嫌な思いをしたという方もいると思うが、今日はフラットな気持ちで、地方で起きている現実を知って欲しい。未来を考えることで、今後の活動の参考にして欲しいと話を始められました。

 

4年間勤務した沖縄県動物愛護センターでは、動愛法と狂犬病予防法に関わる業務、動物取扱業の登録や指導から、犬猫の引き取り、啓発業務、野犬の捕獲、庶務など幅広く行なっていた。業務量が多いため、直接動物に関わる時間を確保するのが難しいくらいであったそう。

また、沖縄県でも公務員の数が足りていない。センターは南端にあるので、移動するだけでも東京都の横幅と同じ距離(沖縄本島)と離島など(宮古島、石垣島、与那国島を除く)を、5名の獣医師(基本は2名体制)で対応している。

 

その後は動愛法を管轄する沖縄県庁で、譲渡を推進する施設「ハピアニおきなわ」の設計や予算の確保。動物愛護推進計画の策定などに関わった。「是非お住まいの都道府県の推進計画を読んでみてください。例えば東京のように野犬がいない地域と、地方では現状も異なるので計画も違ってきます。ここには自治体の業務だけでなく、市民の皆さんに期待すること、獣医師会の役割なども書かれています」と提案されました。

犬・猫の引取り及び処分の状況からわかること

令和4年度分、2024年1月に発表された全国の収容、殺処分の数を見てみましょう。殺処分を減らしたいというのが共通の思いです。ではそのために何が必要なのかを読み解いていきたいと思います。

※ 表は、環境省 犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況より

 

返還 犬は35%が元の飼い主に戻っている。沖縄では返還率が50%になるなど増加傾向にある。理由は野犬が減ったことと、適正飼養が進んだこと。

一方で猫の返還は極めて少なく1%、どうしてなのかを考える必要がある。

 

譲渡 行政からの直接譲渡もあるが、ボランティアさん経由の場合がかなり多い。問題点は、再度捨てられてしまう、譲渡先で繁殖してしまう、新しい飼い主による不適切飼養。殺処分を減らすためになんでも譲渡とすれば良いということではない。

 

殺処分 年々、減少しているがまだまだ多い。更なる減少を目指すなら内訳を知るべき。

・分類1 攻撃性、病気、大怪我、高齢、衰弱

所有者不明で収容される犬猫の多くは上記に該当する場合も多い。苦しんでいる場合は獣医師の判断によって安楽死の処置をして、それも殺処分数に数えられています。

・分類2 譲渡適性はあるがスペースなどの理由で殺処分

自治体はここを減らしたいと注力している。分類2が減ると余裕ができるので、1に含まれる犬猫にも手が回るようになる。

攻撃性の高い犬でも譲渡するべきという意見もあるが、訓練をしないと咬んでしまうなどの問題を起こし、再度捨てられてしまう。譲渡適性の低い犬を、殺処分を減らしたいがために安易に譲渡しても結局、収容の減少にはつながらない。

・分類3 収容後の死亡

交通事故に遭って収容されたが、一晩生き延びられなかった場合など。殺処分が無くなった自治体だと、寿命を迎えて亡くなった犬猫もいるが3にカウントされる。

 

殺処分の多くを占める猫

そもそも収容が多いのは飼い方に問題があるから、交通事故、衰弱、多頭飼育などに至る。また逃してしまっても迎えに来ない飼い主が多い。「死期を悟ったから帰ってこない」は、飼い猫を見ていればそんなことはないのがわかると思います。

また、乳飲み子の殺処分が多いのは、収容された時点で衰弱しているから。健康な子猫もいるが、人工哺乳が難しいと判断した場合は、殺処分を行うこともある。全体の収容頭数が減ったことで職員も、ミルクボランティアさんも子猫に関わることができるようになってきたが、それでもなかなか減らない。

野外で生まれ、母猫がいない子猫は収容されるので、野外にいる猫を減らさないと収容も殺処分数も減らない。まだまだ野良猫が多いので無理だと思うかもしれないが、犬ではほぼ達成できているのだから猫でもできる。とにかく殺処分を減らすには収容を減らすこと。外にいる猫を減らすことが大切。

 

対応してきた中で印象的だった事例

「近所の家の犬がガリガリだから虐待されている」との電話があったので、現地へ見に行った。確かにガリガリの犬が繋がれているが、爪が伸びていたり、糞尿が放置されている様子は見られ無かった。飼い主さんに話を聞いてみると「腎臓病で通院していて、治療を受けている」とのこと。痩せているのは病気が原因だった。

逆にその飼い主さんから困りごととして相談されたのが、近所の人が食パンを投げ入れてくる。普通の犬でも人間の食パンを与えたら腎臓に負荷がかかるのだから、それで治療の効果が出ないのではないかと。

センターに戻り虐待していると電話してきた人に伝えたが「ガリガリなんだからパンを与えて何が悪い?!」という反応。善意からやっていることだが、結果的に犬に負担をかけてしまっている。こういう対応に時間を取られているのがセンター職員。

 

また、「幼猫を全て助けるべき」という電話を受けることも多い。ちょうど子猫のミルクを暖めている時に電話に出てしまい、その対応に1時間かかったこともある。電話が終わるとミルクは冷めているし、子猫はお腹を空かせている。事情を説明しようとしても、自分の話を聞いて欲しいという方が多い。もったいない時間だった。「殺処分する時間がないように、電話をかけまくろう」という呼びかけがあるようだが、結果的に子猫にミルクをあげられないということがある。職員もやりたいことがたくさんあるが時間がないのが現実。

 

行政も動物を守りたいという思いは同じ

犬や猫に関わる全ての人は適正飼養を徹底することが大切。また今後は人の福祉分野との連携も重要になってくる。環境省のガイドライン「人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン~社会福祉と動物愛護管理の多機関連携に向けて~」にも書かれているように、多頭飼育問題を起こす飼い主さんが抱える問題を自ら解決することは難しい。

犬や猫のために行動する人は、そもそもは動物を助けたいという思いであることは分かる。ただ一歩間違うと、治療や哺育、譲渡の取り組みを妨害することにもなってしまう。

もし間違った情報に基づいて行動している人がいたら、正しい方向を示す方法で関わって欲しい。また、情報を知らない人には、然るべき窓口を案内すること、愛護センターの存在を教えるだけで問題解決につながることもある。行政、警察も皆同じ方向を目指しているのだから。

動愛法(動物の愛護及び管理に関する法律)の目的には、人と動物の共生する社会が掲げられている。つまりワンヘルス、ワンウェルフェアも法律に含まれている概念なので、人も動物もみんなが幸せに暮らせたら良いと思います、と語られました。

 

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【田中亜紀先生】

アニマルウェルフェアは感情ではなく科学である

会場で現場からの報告を行ってくださったもう1人の専門家、日本獣医生命科学大学特任教授の田中亜紀先生からは「動物虐待の現場から」と題したお話をいただきました。

 

動物虐待は、動物に不必要な痛みや、苦痛を与える非人道的な行為であること。動物虐待は犯罪行為であり、獣医師には通報義務があること。また、一般市民も通報するように努める努力義務があること。

虐待の種類として、身体的虐待(動物の身体に損傷を形成する行為、事故では形成し得ない損傷、故意の中毒)を想像する人が多い一方で、最も多い虐待はネグレクト(動物の生存に必要な食餌、水、休息場所、獣医療を提供せず、本来の行動をとることができない環境に拘束等すること)であること。他に、性虐待、心理的虐待もあること。

動物虐待か否かの判断に用いるのが動物福祉(アニマルウェルフェア)であり、日本独特の言葉であり考え方である動物愛護に基づく「かわいそう」という主観的で感情的な評価を廃し、客観的に評価し、公正、中立的にエビデンスを提供することが専門家の役割であることが紹介されました。

 

動物福祉 3つの評価軸

・リソース:飼養環境(ケージの大きさ、ケージの素材、食事など)

・マネージメント:管理方法

・アニマル・ベースド・メジャーズ:動物の初見

リソースとマネージメントによって、動物がどういう所見を発するのかが決まっている。

飼養環境や管理方法において数値基準を守っていても、動物の行動が不適切なものであれば、結果的に福祉は満たされていないと判断するべき。

動物福祉においては、いかに生きているのかが重要であり、生きていれば良いわけではない。正しい行動ができているのか?必要なニーズを満たしてよりよく生きているのか?が問われ、「かわいい」「かわいそう」「幸せ」などのイメージは入ってこない。

飼育下にあるすべての動物が対象になる

 

動物虐待に対する大学としての取り組み

田中先生の研究室では、動物不審死体の解剖調査を行政、警察からの依頼で行っている。人間と違って解剖の義務はないので、まだまだ全国的には行われていない。解剖の他に、レントゲン、CT、DNA検査などを行うことで死因につながる暴力があったのか(ネグレクト、身体的暴力などが複合的な場合もある)、必要なケアを受けていたのかなどを調べ、総合的に判断する。

解剖件数は年々増えている。虐待の件数が増えたのではなく、動愛法の改正による警察、行政の意識の変化。

 

動物の福祉と人の福祉、生物多様性・持続可能な社会はワンウェルフェアで繋がっていることから、動物にとって安全な環境は人にとっても安全であること(災害、公衆衛生)、動物虐待/対人暴力のリンクの問題、動物福祉の向上と食品安全の連動性(持続可能な畜産業)などテーマは山積している。

動物虐待は、動物福祉を損ない、地域の安全を脅かす犯罪行為であり、虐待等の暴力の問題は国際的にも個人間では解決できない公衆衛生学的課題とされている。動物に関する暴力は、獣医学および獣医療関係者にその対応が求められる。今後も動物虐待の調査研究の継続と拡充が必要であることを強調されました。

 

後編につづく